タチトラメンバーの謝さんの手記が中国のトライアスロンの公式アカウントに掲載されたそうです!
凄いですね!!!
以下が日本語版となりますので、ぜひご覧いただければと思います!
夢を追いかけて、アイアンマンへ 謝陽
2016年は私が60歳、ちょうど還暦の年でした。新しい年を迎え、「人生は短いな」と感じると同時に、60歳以降をどう過ごそうかと考えていました。数日考えた末に、思い切って「ロング・トライアスロン(鉄人三種)に挑戦しよう」と決めました。(スイム3.8 km+バイク180 km+ラン42 km)若いころからスイム・バイク・ランの基礎はありましたが、トライアスロンの練習がどれほど大変かはよく分かっていました。これはまぎれもなく、非常に長くて過酷な道のりで、並の人には想像し難い代償を払わなければなりません。決意を固めてから、私は厳しい練習をスタートしました。9年間、たくさんの困難に出会いましたが、一度も退きませんでした。むしろそのたびに自分を打ち破る励みになりました。9年間で、ロング・トライアスロンを5回完走し、その他にも複数の単独種目のレースを数十回出場。年齢別カテゴリで優勝10回、準優勝7回、3位3回、4位1回、5位5回。メダル、バッジ、証書など47個獲得し、表彰台に上がった回数も12回。中国の「大鉄完走最高年齢」ランキングでトップ3にも入りました。中国と日本で10以上のメディア(新聞・雑誌・公式SNS)に私のトライアスロンのストーリーが掲載されました。
トライアスロンを練習するには、時間・金銭・身体条件・家庭・仕事などをすべて見据えなければなりません。それぞれの環でミスは許されません。私は日本在住の華人で、現在69歳。普段の仕事も多忙です。運動量を確保するために、段階的なトレーニング計画を立てました。平日は通勤をバイクとランで代用し、週末は近場を避けてスイム・遠出のバイク・ハードなランを敢行しました。
・60歳:初フルマラソン完走(4時間35分32秒)
・61歳:初ロング・トライアスロン完走(日本・長崎 13時間33分27秒)および台湾・澎湖IRONMAN(年齢別5位 14時間32分35秒)
・62歳:デンマークで行われた長距離トライアスロン世界選手権参加(156km 8時間53分39秒)
・63〜65歳:コロナ禍(3年間)で多くの大会が中止されましたが、自律したトレーニングは続けました。
・66歳:100 km超マラソン完走(年齢別1位 11時間22分26秒)およびマレーシア・ランカウイIRONMAN(年齢別2位 15時間58分32秒)
・2022年:IRONMAN中国大会で65〜69男子年齢別1位
・67歳:IRONMAN世界選手権(フランス・ニース 15時間50分51秒)参加。私はITU(国際トライアスロン連合)主催の長距離世界選手権とWTC(世界トライアスロン社)主催のIRONMAN世界選手権に参加した中国人第1号です。
・68歳:千島湖「大魔王チャレンジ」完走(1日目:スイム10 000 m/2日目:バイク210 km/3日目:トレイルラン40 km)
・69歳:千島湖ロング・トライアスロン完走(年齢別2位 12時間58分54秒)8年前のベストを約35分更新。
9年間のトライアスロン経験を振り返って、最も忘れられないのはIRONMAN世界選手権に参加したこと、そしてその出場資格を得るために参加したマレーシア・ランカウイのレースです。2022年11月4日、私はランカウイに到着し、翌日のIRONMANレースに備えました。ホテルにはマレーシアのムスリムグループが泊まっており、深夜、祈りの声が部屋の隣から聞こえてきました。上半夜は雨音、下半夜は祈りの声、耳に残りなかなか眠れませんでした。レース当日もドラマがありました。スイムはとても順調。海が穏やかで風も波もなく、まるでプールのようでした。私は思い切って自由形(フリースタイル)でペースを上げ、時に平泳ぎ、時に仰向けに浮かびながら海面を泳ぎ、心地よさを味わいました。
しかしバイクが始まると、コースの累積獲得標高は1865 m。「天に不測の風雲あり」、レースが少し進んだら雨が降り出し、次第に大暴雨に。選手たちは強風と雨の中で必死に走りました。膝より深い水たまりでは漕げず押して進んだほど。下り坂では豪雨で視界が遮られ、道は滑りまくり。私は速度を落とさざるをえず、安全第一で走りました。若い選手と体力勝負する「昔のクセ」を捨て、上りでは踏まず、下りでも飛ばさず、平地で無駄を省く作戦を貫きました。
ランに移ったのは暗くなる直前。雨が止んでも気温は30度を越え、湿気もひどく最も過酷でした。12 km地点で両足に水が浸みてマメができ、踵も破れ、痛みが走りました。「給水所で止まろうか」という気持ちが一瞬出ましたが、「靴を脱いだら立ち上がれないかも」という恐れでその考えを振り払いました。つま先にマメ、踵に傷、力が出ず足裏着地でごくゆっくり走/歩を続けました。こうして残り30 kmを完走。結果、年齢別65-69歳で準優勝。しかし年齢別1位でなければ世界選手権の出場資格が得られませんでした。「今年は逃したか…」と思っていた矢先、2023年1月、世界選手権が米ハワイのコナ島からフランス・ニースに移り、出場枠が増えたとの知らせが。私は2位で繰り上げ出場となりました。しかも過去はずっとコナ島開催だったのですが、2023年は男子がニースで女子はコナ島という形式になりました。
七年が一本の剣を磨くような期間でした。私はこの「ラッキーな人間」が無事出場し完走できることを願い、トレーニング計画を立てました。筋力トレーニング・体力回復・休息・栄養補給などを含めて。2023年6月には、バイク1000 km、ラン200 km、スイム20000 mの基礎期を終えました。7月にはトレーニング量を調整して休養を重視。8月、東京で35度を超える暑さが続く中、高強度トレーニングも計画通り実施。スイムではインターバル、バイクではヒルクライム、ランではスプリント…毎回息が上がるほどでしたが、続けました。なぜなら、3日泳がなければ息が苦しく、3日走らなければ脚がふらつき、3日バイクに乗らなければハンドルを切れなくなる、という体感があったからです。
今回のレースにも波乱がありました。前日、私はスイム・バイク・ラン用のトライスーツをトランジションエリア(T1)に置き、スイム後に防寒ウエットスーツを着て、その後トライスーツに着替える計画でした。ところが当日、水温が規定を上回り、ウエットスーツ禁止!急遽トライスーツのみで出場せざるをえず…。既にエリアに入れない時間帯。焦る中、一人のフランス人ボランティア青年が“規定外”で私のトライスーツを取りに行ってくれ、ピンチを救ってくれました。組織側の“神オペレーション”か、年齢の高い私のカテゴリーを第2グループ(通常は年齢高めが最後に出る)で出場させられ、私の後に1000人ほどの若手が出ることになっていました。私は人の少ない左外側から下水して、若手選手の「水中での蹴り・乱取り」を避け、安心して泳ぎ出しました。水の中で若手がバシャバシャ何度も蹴り込みながら私を追い抜いていくのが見えました。これは私が初めて“ウエットスーツなし”“寒水”でのスイム。体脂肪が少ない私は寒さに強く、むしろ暑さが苦手です。水温の低さで泳ぎ始め800 mあたりで右もも裏(ハムストリング)を痙攣し、自由形から平泳ぎへ。残りが一層長く感じられました。終盤、強い風が吹いて波が高くなり、私は何度も海水を飲み込みながら必死に耐えました。上陸後、ボランティアが体中に白い粉を厚く塗るのを見て、かなり危険だったかもと今は思います。万一、低水温で低体温症になり、選手も多く救助体制が遠ければ…という覚悟もありました。
バイクコースの難易度も大変でした。ニースのバイクコースは技術要求が高いことで有名。180 kmで累積獲得標高2400 m。カーブ多し、S字あり、車線片側一車線、道幅5〜6 m…安全リスク大。私は寒さの中、バイクをスタート。時速30kmを越えたあたりでハンドルが冷えて感覚が鈍り、操作が危うくなりました。すぐ後ろから若手集団が追い抜いていき、「サーッサーッ」という音が頻繁に。8 km後、16度近い坂が現れました。距離は短めですが傾斜がきつく、道も狭く、私は体を起こして左右に揺らしながら進みました。少しでも発力するとまたハムが攣ります。私は安全を優先し、ついにバイクを押して歩くことに。その若手一団が抜いていった際、「Are you OK?」と声をかけてくれました。「I’m fine.」と答えました。180 kmが始まったばかりの段階で押して歩くとは思いませんでした。115 km地点で長い登りが終わり「無限の絶景」が広がる地点へ。左に崖、右に深い谷。ガードレールも半メートル程度。私はブレーキを再確認して、下り坂に入りました。スピードと安全のバランスを常に探りながら。ある急カーブで、少し息を整えた若手と立ち止まり、最後の関門時間と場所を確認。私は規定の「スイム+バイク10時間30分」以内を守るため、最後の50.4 kmを急がなければならなかったのです。私は午前7時3分に下水。17時33分が関門。まだ2時間弱、気を抜けません。補給所ですぐ給水したかったけど、17時10分を過ぎていて時間がない。休まず一気にゴール直前までライド。17時30分にT2換項(バイク→ラン)エリアに入りました。なんと靴紐も結ばずダッシュ。ランに入ると17時36分。公式ルールでは「関門アウト」でした。焦る中、知人に会い「今回、ニースのバイクがあまりに過酷なので、スイム+バイク関門が20分延長された」と確かな情報をもらい、私の心は石が落ちたように軽くなりました。
マラソンコースに入ると、少し気持ちが楽になりました。目標は「完走メダルをもらうこと」。この時点で最後の関門まで6時間以上。私は「今まで走ってきた道は裏切らない」と信じていました。2023年4月、100 kmを11時間22分26秒で完走した私。翌日、腰も脚も痛くなく「庭を散歩するような気分」だったことは誰にも信じられないかもしれません。こんな自信があったからこそ、私は「楽しもう」と思えました。給水所でひと休みしつつ、ゆったりと走りながら地中海の景色を味わいました。左には赤と黄色のヨーロッパ風建物、右には碧い地中海。「NICE) is very nice(ニースは本当にいい)」。沿道ではフランス人たちが「Yang、いいね!君ならできる!」 “Yes, I can make it.” の声援をくれました。
私が証明したかったのは、年齢を忘れて、夢があれば追いかけようということです。英語の名言にこうあります。
“If you can dream it, you can do it.”
日本語に訳すと「夢を描けるなら、それを実現できる」と訳せます。皆さんとともに、共に励みましょう!
2025.10.04/05
立川市民大会(アクアスロン)
今年は柴崎体育館が改修工事のため、泉体育館でスイムを開催、翌日に陸上競技場でランを開催と、イレギュラー対応での市民大会となりましたが、両日ともお天気に恵まれて、
とても楽しい大会となりました☆
出場いただいたみなさま☆
ボランティアでお手伝いいただいたみなさま☆
今年も素晴らしいひと時をありがとうございました!
来年は柴崎体育館がきれいになって戻ってきますので、またよろしくお願いいたします☆
ありがとうございました(^ ^)
■立川市民体育大会 開会式
今年も大勢の皆さんに参列いただきました。今年もみなさんとどんな思い出を紡いでいけるのか、楽しみにしています☆
今年も参列をありがとうございました!
■ 立川市民大会☆2024.10.20
去年とは打って変わって晴天に恵まれた市民大会となりました☆
おかげでスイムパートも開催できて、独特の緊張感の中、選手のみなさんが駆け抜けられました。
特にスイムは初開催でしたので、周回カウントやタイム集計など、開催側も初めてのことに戸惑いながらも無事にやり遂げることができました。
柴崎体育館はガラス天井なので、選手のみなさんの活き活きとした表情も良く見えて、とても楽しいスイムパートになりました。
陸上競技場に移ってからランパートのスタートです。こちらは昨年経験済みなので開催側も手慣れたものです。
澄み切った秋空の下、選手の皆さんが楽しそうに走られている姿を見て、とてもうれしかったです。
表彰式も盛り上がってとても楽しい市民大会となりました。
来年は泉体育館での開催となるので、またそちらでお会いしましょう☆
2024.06.16 立川市市民体育大会 開会式
参加者:17名☆
立川市市民体育大会の開会式にスケジュールの合うメンバーの皆さんと一緒に参列してきました☆
そして、今年の開会式では、
鬼塚 薫さんと、若月由里佳さんが
『優秀選手賞』に選出され表彰されました☆
鬼塚 薫さんは、宮古島大会でのエイジ優勝を認められての受賞となり、
若月由里佳さんは、佐渡大会での女子総合優勝を認められての受賞となりました!
2名ものメンバーがそれぞれ優勝を認められての受賞は他にはなく、とても素晴らしい開会式となりました☆
今年度もメンバーの皆さんの活躍を楽しみにしています(^ ^)☆
■2023.10.15 立川市民大会☆
レース参加者 20名
ボランティア 14名 総勢34名
(レポート:みやかわ)
爽やかな秋空の下、立川市陸上競技場において「立川市民大会」を行いました。
例年は昭和記念公園で行われるケンズさんのトライアスロン大会に便乗して開催してきましたが、昭和記念公園のプールが閉鎖となった影響でケンズさんの大会も無くなり、タチトラ自ら大会を開催しなくてはならなくなりました。
トライアスロンとするには3種目やらなくてはなりませんが、バイクだけは限られた環境で実現することが出来ずに、アクアスロン大会とすることにしました。約2か月前から準備を始め、立川市スポーツ振興課の木村さんや、立川市体育協会の浅子さんのサポートをいただきながら、何とか開催できるところまでこぎつけることができました。
八トラさんや分トラさんにもボランティアの協力をいただき、ボランティアの配置も完璧に仕上げて、あとは開催日を待つだけ!というところまで来ましたが、あと6日という段階で突如、新市長の命令で水質検査のためにプールが閉鎖となってしまいました(>_<)!
選手の方々への最終案内もした後だったので、本当に困りました。でもそれでプールが開く訳ではありませんので、トランジションからローリングスタートするランイベントとすることにしました。
選手やボランティアの方々へ変更の旨を伝えて、気持ちも切り替えて、大会当日を迎えようとしましたが、今度は天気がどんどん悪い方向へ・・。
二日前の予報では当日は気温16度 大会開催中の時間帯は7ミリの本降り雨とのこと。。
インフルエンザも流行っている中で選手やボランティアの方々の健康を考えると、とても開催できる状況ではありませんでした。それでも開催に向けて多くの方々のご協力を得てきましたので、何とか開催することが出来ないだろうかと知恵を絞り、一日前倒しして、準備のために確保していた土曜日を利用して大会を行う事としました。
変更に次ぐ変更で、選手もボランティアの方々も付いてきてくれないと思いましたが、蓋を開けてみると20名もの選手にお集まりいただき、ボランティアの方々も14名も集まってくださいました☆
また土曜日はどうしても行けないのでごめんなさい!という連絡も数多くいただき、事務局としては涙が出るほど嬉しかったです☆ >みなさん!ありがとうございました(^ ^)
当日の写真を下記にアップさせていただきますが、当日のみんなの笑顔の後ろには、もっと多くの
タチトラメンバーの想いがあるというのを実感した、素晴らしい一日となりました☆
「来年はどんな大会になるのだろう・・?」
どんな大会になったとしても、
タチトラメンバーのこの温かい気持ちがあればきっと素晴らしい大会になると思います☆
また来年!
一人でも多くの皆さんと楽しいひと時を過ごさせていただければと思います(^ ^)
本当にありがとうございました!
2022.07
タチトラ恒例☆
中里農園 夏野菜収穫体験
じりじりと夏の日差しが強くなってきた
この季節。
タチトラメンバーの中里さんの農園で
恒例の夏野菜収穫体験を行ってもらいました☆
「北あかり」というジャガイモの収穫から始まり、枝豆、トウモロコシ、トマトと、
今がまさに旬の夏野菜を自らの手で収穫する
貴重な体験は、本当に楽しくて、
大地のエネルギーを実感するひと時となりました☆
収穫体験で汗をかいた後は、もちろん!
生ビール!!(^ ^)
ゴクゴク!プハー!
とジョッキを傾けると、
生きてて良かったー☆ と笑顔がはじけてしまいました☆
中里さんの奥さまが「北あかり」を蒸してくださって、
じゃがバターを作ってくれたり、
ゆでたての枝豆がこれでもか!と山盛りで出してくださったり、
本当に贅沢なつまみの数々がテーブルに並びました☆
特筆すべきはトウモロコシとトマトです!
その甘さと言ったらまさに感動もの!!!
みんな「美味い!美味い!」と口に放り込んでいきます(笑)
奥さまも本当に良く食べる人たちだとびっくりされていたそうです^ ^;
収穫したお野菜はもちろん、
トマトやナスなどたくさんのお土産もいただき、大満足で帰路につきました。
翌日も自宅でビール&枝豆を堪能したのは言うまでもありません(笑)
中里さん☆
今年もありがとうございました(^ ^)
また来年!
よろしくお願いいたします☆
たのしみにしていまーす☆